友人で、酒に呑まれて日々困り果てている男がいます。
仕事も何もしていません。
友達だから言うのですが、
これではただのダメ人間になりかねません。
そこで「そんな毎日を、小説にしてみては」
と提案しました。
考えてみれば、神格化されている太宰治は
もし彼がペンを取らずに生涯を過ごしたならば
ただのダメ人間として扱われていたかもしれません。
ところがペンを執ると、
また事情が変わってくるのが
人間社会というものかもしれませんね。
好調だから作文を書くのではなく
不調だから作文を書くのではなく
いつでも書くのが、本当の作文家。
なぜって、作文とは
それだけ大きな器だからです。